KOBEプライド2024トークステージ堀江謙一氏/木村啓嗣氏とミランダ見学

この写真だけだと 何のことだか どこだか 分からないでしょうが、2024年10月12日午後1時前の 須磨ヨットハーバーの西側にある『神戸ひろば』です。砂浜海岸の北側で 水族館の南西に位置する 広場?で、そこに張ってあったテントが会場でした。神戸ひろばはどこですかと  道に迷いながら 何人にもききながら ようやくこの『神戸ひろば』にたどり着きました。

堀江謙一さんの話で感銘を受けたのは、

1.万全な準備をと 準備にいくら時間を費やしても、完全な準備などできるはずもなので、いつまで経っても出発できなくなる。 だから、どこかの段階で思い切って出発することが大事。

(→私もいつまでもあーでもないこーでもないと書籍と人の話と動画の情報収集と些末な作業ではなく、今でしょ もう行くしかないぞ と背中を押してもらえた感じ→家人に今日の堀江さんの話をすると 経験値が違うしアタナの場合はただの無謀な冒険のように思えるとのこと。がっかり

2.最初の航海でマストから落ちたが、幸運にも海に落ちたので生きている。デッキに落ちていたら今の自分はなかっただろうと。(マストから落ちて大けがしたヨットマンと違って強運なんですね。)

3.過信に近い自信がある。不安なし すべて自信にしてしまう。最初の1週間を、2週間を、3週間をやり過ごせば 3か月でも6か月でも大丈夫と。 最初にSFに着いた時点で あと何か月でもそのまま航海できるぐらいの自信がついていた。

4.何歳になっても楽天家。次の挑戦は心に秘めているがスポンサーの関係で現時点では公開できないとのこと。 (80歳代でまだまだやる気満々なのです。)

木村君は2021年にメルゲス32とロジャーズ46のタゥドラコニスで何回か一緒に乗ったこともあったので、話の途中で最前列に座っているサングラスとマスクとハンターオレンジの狩猟帽の怪しいオッサンの私に気づいてくれた模様。 ときおり優しい眼差しを感じました。

まずは、彼は優しいのです。私が2023年11月に肩腱板断裂手術で三菱神戸病院に入院しているとき、病室が三菱造船所の出入り口を見下ろす部屋でした。彼も潜水艦メンテのときはあの正門を制服を着て通っていたんだなと思うと急に懐かしくなって彼にだめもとでメールしたら、なんと南太平洋南下中にスターリンク経由で律儀にもお見舞いのメール返信してくれました。

もう一点、彼はただのヨット乗りやヨットレーサーではないことを私は知っています。

海上自衛隊で仕込まれ沁みついた軍人・プロの船乗りとしての、あるいは、どこの国の海軍でも花形エリートでとされる潜水艦乗りに相応しいseamanshipを彼は備えているのです。

レース艇の回航のときにもちゃんと個人所有の最新情報を書き加えた海図も予備で持ってきていました。

夜中の紀伊水道から北上しながら 電子機器もスマホも一切使えない状態で新西宮ヨットハーバーを目指した時も、キラキラ光る都市の灯に埋もれる わずかな灯台の信号を迅速正確に瞬時に見分けて読解できる技量を持ち合わせていたのは彼だけでした。

そして、大阪湾で夜間行き会う無数の船の位置方向を灯火だけで正確に把握して安全に操船する術をこの目で見ましたから。

(他船からの夜間の灯火が覚えられない私のようなオッサンにも優しく教えてくれました。飛行機はストロボライトもついているし3色ともとても明るくて単純で簡単ですが、船のはストロボライトは厳禁ですし、3色とも暗くて 船の大きさや長さによって灯火が違ってややこしいし 揺れるヨットから双眼鏡で見ると余計に光がブレて、そのうえ とんでもない数の船舶が往来するから、混雑した海域での夜間の判別はいつまで経っても苦手なままな私です。)

(ほかにも彼には、『艦長』のイントネーションは尻上がりで発音することとか、『ヨーソロ~』(宜しく候の略で英語意ではsteady as she goes)の日本語発声の仕方も教えてもらいました。)

だから1回目の2022年11月には断念してすぐに戻ってきましたが、2回目の2023年10月からのは シーマンシップを身につけている彼なら必ず 無事に世界一周をやり遂げると確信していました。 そして、やってくれました。 『お帰りなさい よく無事で帰って来たな~嬉しいわ~』 とトークショーのあいだずっと私は心の中で独り言。 わが子と同じ年齢なのに こんなに より立派になって戻ってきた彼を見ているだけで 私の大きいサングラスの奥では目頭が熱くなっていました。

彼の話で特に記憶に残って 私も実行しようと思ったのは、味噌汁とお餅を載せておくこと。寝ている間に大波が来てもケガしないようにバースを工夫すること。バッテリーを完全固縛すること。

トークショーの後に オーナーの浜田さんにお会いして、田中君もえらいけど、やっぱりすべての経済援助をなさったオーナーはもっと偉いと心から思いました。

ちなみにミランダで電気を一番食ったのはスターリンクだったそうです。オートパイロットではなくやっぱりスターリンクなのでした。実際私の一番消費電力が小さいはずの第二世代でも昔の裸電球並みにあれほど熱くなりますから、高性能の海上用のは消費電力がすごいんでしょうね。

そのあとにミランダの船内を拝見して、須磨ヨットクラブのヨットで夕陽クルージングさせてもらって、夜9時過ぎまで懇親会に参加させていただきました。

楽しい連休一日目となりました。 (サンデー毎日ですから 連休かどうかはあまり関係ないのですが。。。) 須磨YHのみなさん、私が所属している長航会の会長、Nさん、Mさんどうもありがとうございました。

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プロフィール
元銀行員 元ヒコーキ野郎 元会社経営者
あげは岸本

『忠臣蔵』で有名な播州の片田舎に住むGOING GREENな農民。 趣味は狩猟・射撃・釣り・カヌー・ヨット・航空機操縦・アマチュア無線JE3LJK・薪ストーブ。 ヨットで日本一周、シングルハンド世界一周を目指しています。  最近特に凝っているヨットを中心に、日頃の感謝とボヤキを綴ります。少しだけ政治や世相も批判しますがどうかお許しください。

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